キャッシュレス先進国スウェーデンの光と影 日本経済新聞より

June 25, 2018

今月は「キャッシュレス化」に関して興味深い記事が出ておりましたので、要約する事なくそのまま掲載させていただきました。

 

(日本)政府は成長戦略の一環として、買い物などに占めるクレジットカード、電子マネーなどキャッシュレス決済の比率を高めることを打ち出している。先進国では初の中央銀行デジタル通貨の実験を進めるなどキャッシュレス化で先頭を走るスウェーデンの現場を歩いてみた。

 

■投げ銭も電子化 カフェテリアにも「現金お断り」の表示が(ストックホルム市内)

 

 首都ストックホルムの中心にある中央駅近くの目抜き通り。そこで30年以上、車いすで歌い続けるストリート・ミュージシャンのサイモンさんにもキャッシュレス化の波が及んできた。通行人がカゴに投げ入れてくれる硬貨や紙幣がその日の稼ぎだったが、数年前から急激に実入りが悪くなったのだ。街で現金を持ち歩く人が減ったからだ。

 

 「父さん、現実を見なよ、誰も現金なんて持ってないんだから」。同じくミュージシャンの長男から勧められ、車いすの前に携帯端末決済サービス「スウィッシュ(Swish)」での送金用の携帯番号を掲げ始めた。「そうしたらびっくり。次の日には銀行口座にお金がいっぱい入っていたんだ」

 

 スウィッシュは国内民間銀行が共同開発して2012年に始まった個人向け送金サービスだ。携帯電話番号と銀行IDという個人番号を利用して、無料でお金をやりとりできる。レストランでの割り勘にもよく使われている。

 スウェーデン中央銀行の調査によると過去1カ月にスウィッシュを利用したという回答者は、14年は10%だったが18年には62%に上昇した。一方、現金を利用したという回答は14年の87%から18年には61%に低下した。

 

 「現金お断り、支払いはカードかスウィッシュで」。スウェーデン最大の労働組合ユニオネン本部ビル一階のカフェテリアのレジにはこんな表示がある。列に並んでいた男性職員トーマスさんにたずねると「現金はもうしばらく使っていない」。普段は財布は持たずクレジットカードなどを入れるケースだけを持ち歩いているという。

 

 同国最大のファースト・フード・チェーンのMAXは繁華街でキャッシュレス店舗を運営する。お店に一歩足を踏み入れると、日本の地下鉄の券売機のような端末がずらっと並ぶ。お客はこの端末でカードを使ってハンバーガーなどを注文し、決済を済ませ、そのレシートを持って有人のキッチンカウンターに行って品物を受け取る。端末では現金は使えない。どうしても現金でという場合は、有人カウンターで受け付けてくれるようだが、そうした客は見かけなかった。

 

■アバのメンバーも旗振り

 

 キャッシュレス化の旗振り役は、現金を減らしATMや店舗の削減など効率化につなげたい銀行やクレジットカード業界が中心だが、なかには意外な人物もいる。1970年代に大活躍した人気ポップグループ「アバ」のメンバーのビヨルン・ウルヴァースさんは、家族が自宅の現金目当ての盗難にあったのをきっかけに、盗難撲滅運動の一環としてキャッシュレス化を訴えている。

※送金用アプリSwishは急速に普及している

 

 スウェーデン王立工科大学の研究者は昨年、2023年には同国は完全なキャッシュレス社会に移行する可能性があるという論文を出して話題になった。ただ、キャッシュレス化の急速な進展に不満の声もある。

 

 スウェーデン人と結婚し在住35年になる佐々木瑞子さんは昨年12月、長男のクリスマスのお祝いに日本のお年玉のように現金を渡そうと銀行の窓口に現金を引き出しにいったら、現金が不足していて1クローナ紙幣100枚しかおろすことができなかった。日本円にすると約1300円。封筒に入れるとかさばるが、20歳になった長男に喜んでもらえる金額ではなかった。

 

■急速な進展に不安も

 

 現金を持ち歩かない38歳のトーマスさんの90歳になる祖母も困った経験をした。最近、自分の洋服を買おうとしたら、お店で受け付けてもらえず買い物ができなかったのだ。

 

 

 

 

スウェーデン中銀の調査では、現金取引が減ることについて、回答者の48%が肯定的なのに対し、否定的な回答は27%にとどまる。これを地方部に限ってみると、否定的な回答は35%で肯定的な回答(33%)をわずかながら上回る。特に高齢者層ではキャッシュレス決済になじめず、急速な社会の変化に戸惑う人も少なくないようだ。

 スウェーデン中銀は、先進国では真っ先にデジタル法定通貨「eクローナ」の導入の検討に入った。その背景には、スウィッシュなどを使えない人への安全網を中央銀行が提供するという側面もあるという。

 

 イングベス中銀総裁は3月に発表した年次報告書で「この構造変化は本質的には前向きなものだが、ある社会集団に問題を招いたり、決済市場から閉め出される人が出たりしないようなペースで進めることが必要だ」と、急すぎるキャッシュレス化に警鐘を鳴らした。

 

 経済のデジタル化を研究する産業経済研究所エコノミストのモーテン・ブリックス氏も「現金を扱うコストを下げ、安全な取引のためにもキャッシュレス化は重要」としたうえで「高齢者やデジタル化についていけない人には支援が必要になる」と指摘する。

 

 現金天国の日本にとっては遠い先の話のように聞こえるが、スウェーデンがキャッシュレス化の影の部分にどう対処するかは将来の参考になる。

 

藤井彰夫(ふじい・あきお)

 1985年に日本経済新聞社入社。経済部で国内経済・金融問題、ニューヨーク、ワシントン、ロンドンなど海外で経済問題を主に取材。ワシントン支局長、国際アジア部長、Nikkei Asian Review編集長などを経て2017年より現職。著書に「イエレンのFRB~世界同時緩和の次を読む」「G20~先進国・新興国のパワーゲーム」「日本経済入門」。

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